身体演技について

目的:身体を取り戻す。
精神の道具として、奴隷化されている身体を自分に取り戻すこと

いくら精神集中して芝居をしても、表現するときには、身体を媒体とします。また、精神活動を助けているものが、脳だとするなら、その脳が所属しているのも身体であるわけです。私たちは、この身体を避けて、表現することは、不可能なわけです。

その不可避な身体について、私たちは、あまりにも無頓着というか人生の道具として身体をとらえ、精神の都合で、いくらでも加工されていく身体は、もはや遠い存在になってしまいました。

ここでは、芝居の表現ということを通じて、身体を自分に取り戻すことをしていきたいと考えております。

身体の教育であること、それは身体の感覚を通して、
芸術的感性を鍛えていくこと、方法論ではありません

概論

あまりにも広範囲でとりとめもない演劇アプローチであるので、おおまかな概論というか、何が問題として取り組んでいるのかを示します。

・身体集中であること

・彼我問題 自分と相手 演者と観客
・内側と外側の問題 台詞は内側なのか外側の問題なのかなど
・局所と全体 役作りは全体性の問題だが、演技は全体性では演じられない
・時間と空間の問題 変化していく時間と空間

身体演技の注意点

ここから、やろうとしていることは、一般常識からは、かけ離れていきますので、注意が必要です。興味本位で、ワークショップに参加することは、とても良いことだと思いますが、いずれ無理と思われることが、あるかもしれませんので、あらかじめ向いていない人を書いておきます。もちろん、個人差がありますし、ここに書かれたから、参加できないとかではないです。

・肩書きや実績を重視されるかた
・現状の自分に自信がある、または、とても上手くいっているかた
・すべて理解したり、納得しないと、試すことが、出来ない人

 

外論

日本文化の現代演劇における可能性を考察

ワークショップ

・ただ今一月に一度のペースで、着物ドリーマーズのお店でワークショップを行っております
どなた様でも、ご参加いただけます。基本的には、後戻りしない予定です。
だから、最初からワークショップに参加してなければ、駄目だということは、一切ありません。
そうした基礎があって、応用みたいな、学習体系もちょっとそぐわないと、思っております。
ご縁があれば、お目にかかるのを楽しみにしています。

*Vol1 場をつくる お芝居をする時には、自分を場に身をおきます。
・身体で、感じるということ

*Vol2 見ること お芝居は人に見せるものと思っているかもしれませんが、その前に自分が何かを見ているわけです。
・あるものを見るのか?ないものを見るのか?なるものを見るのか?

*Vol3 主観と客観について、視点を変えてみる。
・月を観てきれいと思うのは、月なのか?自分なのか?綺麗の主体がどちらにあるのか?お芝居するなら、自分に主体がなければ、そもそもいろいろと難しい。

*Vol4 刺激反応の仕組みからの脱却
・行動して感覚するという順番を、感覚してから動くに変えてみる。すると感性が動き出す。

Vol5 深い感覚は遅れてやってくる
・本当に感動すると、言葉を失う、この感覚をもとにすれば、刺激→反応という図式は崩れてくる

Vol6 間について考察する
・空間としての間、時間軸としての間、どちらまも日本文化の核とななる感性です

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宮部さま